C-MOSオーバー・ドライブ回路
真空管の歪みは現代ではデジタル技術で容易に再現できますが、1980年代当時、そのシミュレーション技術はまだ発展途上でした。そのため、理想的な歪みを得るには、生の真空管を用いるのが一般的でした。ディストーションやオーバードライブといったエフェクターも存在しましたが、ディストーションはドラムなどのダイナミックな音が入ると音像が平坦になり、抑揚が失われる傾向がありました。一方、オーバードライブでは歪みの量が物足りず、満足のいく歪みを得るにはやはり真空管に頼らざるを得ない状況だったのです。そのような背景の中、真空管の歪みを代替する技術として、一部で注目を集めたのが「C-MOSオーバー・ドライブ」でした。
「C-MOS」は、相補型金属酸化膜半導体(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)の略称で、主に論理回路に用いられる半導体素子です。C-MOSの特徴として、入力信号の波形が急激にクリップされるのではなく、緩やかに歪んでいく点が挙げられます。この歪み方が真空管の特性と類似していることから、真空管サウンドのシミュレーターとして一部で注目を集めました。
私自身も若い頃からいくつかのC-MOSオーバー・ドライブを製作してきましたが、それらは確かに真空管に近い音色を奏でていました。
それでは早速、その基本的な回路構成を見ていきましょう(ここでは入力部、出力部、電源部などの周辺回路は省略し、主要な部分のみを記述します)。
図1.C-MOSオーバー・ドライブの基本部分1
三角形とその右側頂角の丸を合わしたものがインバータ(反転器)を表し、これがC-MOS半導体からできています。こんな回路なんですが、ちゃんとinから入力された信号がoutから増幅されて出てきます。増幅率は次の式で表されるのですが、実際の増幅率の絶対値は式より小さくなりますので目安程度に考えて下さい。
増幅率=-R2/R1・・・式(1)
増幅率の絶対値を大きくすると信号が歪みます。急峻に歪むのでなく柔らかく歪む感じで、そんなところが真空管に似ています。
無信号のとき、ポイントP1やP2の電圧は電源電圧の半分あたりに落ち着きそうですが、実際は増幅率により変化し、増幅率ごとの平衡電圧に落ち着きます。したがって、ポイントP1の平衡電圧は入力信号のバイアス電圧と基本的に釣り合わず、同様にポイントP2の平衡電圧も出力信号のバイアス電圧と基本的に釣り合わないので、その解消のためにキャパシタC1及びC2は必須になります。
図1の回路のポイントP1の電圧をコントロールできない欠点を少し解消したものが図2の回路です(入力部、出力部、電源部などは省略されています。主要部だけ記しています。)。
図2.C-MOSオーバー・ドライブの基本部分2
図1と図2の回路の差異は抵抗RXの有無です。無信号時のポイントP1の電圧Vpは次のようになります。
Vp=Vout✕RX/(R2+RX)・・・式(2)
電圧Vpは図1のものと異なり抵抗R2, RXの値で平衡電圧を制御できるようになっています。電圧VpにGND電圧寄りの平衡電圧を作ることができるので、歪の調整ができます(ただし、Voutを完全に制御できないので調整は少し難しいです。)。
図1や図2のものだと歪の弱いオーバー・ドライブしか作れないので、通常はC-MOSインバーターを直列に2つつなぎます。図1のものを2つつなげたものが次の図3に示すものになります(入力部、出力部、電源部などは省略されています。主要部だけ記しています。)。もちろん、自作の際は図2のものをつなげたものでも図1のものと図2のものをつなげたものでも良いと思います。
図3.C-MOSオーバー・ドライブの基本部分3
抵抗R1やR3は省略可能です(またはフィードバック抵抗に比べて著しく小さな値のものを使うことがあります。)。オペアンプを使った増幅回路だとR1やR3に相当する抵抗を省略するなんてことは高音がやたらと強調されてしまうので絶対やらないですが、このC-MOSオーバー・ドライブでは比較的ありがちなことです。そもそもC-MOSオーバー・ドライブでは、低音が高音を押しのける感じで増幅されるので、むしろ高音を少し強調するぐらいで良いのです(ただ、高音が強調されすぎて発振してしまうこともあります。そんなときにはフィードバック抵抗に並列にキャパシタを入れます。)。
抵抗R1〜R4のいずれかをを可変抵抗にしてゲイン調整をします。
C-MOSインバータは電流を多く出力させると波形が鈍るので、抵抗R5は大きめな値にする必要があります。またoutからの信号を受ける回路も入力抵抗がそこそこ大きなものでないといけません。それでは抵抗R3も大きくしなくては?と思うかもしれません。ところが抵抗R3は歪発生にかかわる抵抗なので小さくて問題ないです(先述のとおり省略したってかまいません。)。この箇所に関しては鈍った方がむしろ歪発生に都合が良いですから。
【とても大事なこと】
「C-MOSオーバー・ドライブは信頼性に欠けて使いづらそう」と感じる人が多いでしょう。全くそのとおりです。しかも簡単に質の高い真空管シミュレータが手に入る現在、C-MOSオーバー・ドライブを自作するメリットはほとんどありません。
ただ、私はエフェクター自作の原点がこの「C-MOSオーバー・ドライブ」にあるので強い愛着を持っており、これからもボチボチ作り続けていくと思います。
修正日 2025年03月08日
荻窪のおっちゃん
「C-MOS」は、相補型金属酸化膜半導体(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)の略称で、主に論理回路に用いられる半導体素子です。C-MOSの特徴として、入力信号の波形が急激にクリップされるのではなく、緩やかに歪んでいく点が挙げられます。この歪み方が真空管の特性と類似していることから、真空管サウンドのシミュレーターとして一部で注目を集めました。
私自身も若い頃からいくつかのC-MOSオーバー・ドライブを製作してきましたが、それらは確かに真空管に近い音色を奏でていました。
それでは早速、その基本的な回路構成を見ていきましょう(ここでは入力部、出力部、電源部などの周辺回路は省略し、主要な部分のみを記述します)。
増幅率=-R2/R1・・・式(1)
増幅率の絶対値を大きくすると信号が歪みます。急峻に歪むのでなく柔らかく歪む感じで、そんなところが真空管に似ています。
無信号のとき、ポイントP1やP2の電圧は電源電圧の半分あたりに落ち着きそうですが、実際は増幅率により変化し、増幅率ごとの平衡電圧に落ち着きます。したがって、ポイントP1の平衡電圧は入力信号のバイアス電圧と基本的に釣り合わず、同様にポイントP2の平衡電圧も出力信号のバイアス電圧と基本的に釣り合わないので、その解消のためにキャパシタC1及びC2は必須になります。
図1の回路のポイントP1の電圧をコントロールできない欠点を少し解消したものが図2の回路です(入力部、出力部、電源部などは省略されています。主要部だけ記しています。)。
Vp=Vout✕RX/(R2+RX)・・・式(2)
電圧Vpは図1のものと異なり抵抗R2, RXの値で平衡電圧を制御できるようになっています。電圧VpにGND電圧寄りの平衡電圧を作ることができるので、歪の調整ができます(ただし、Voutを完全に制御できないので調整は少し難しいです。)。
図1や図2のものだと歪の弱いオーバー・ドライブしか作れないので、通常はC-MOSインバーターを直列に2つつなぎます。図1のものを2つつなげたものが次の図3に示すものになります(入力部、出力部、電源部などは省略されています。主要部だけ記しています。)。もちろん、自作の際は図2のものをつなげたものでも図1のものと図2のものをつなげたものでも良いと思います。
抵抗R1〜R4のいずれかをを可変抵抗にしてゲイン調整をします。
C-MOSインバータは電流を多く出力させると波形が鈍るので、抵抗R5は大きめな値にする必要があります。またoutからの信号を受ける回路も入力抵抗がそこそこ大きなものでないといけません。それでは抵抗R3も大きくしなくては?と思うかもしれません。ところが抵抗R3は歪発生にかかわる抵抗なので小さくて問題ないです(先述のとおり省略したってかまいません。)。この箇所に関しては鈍った方がむしろ歪発生に都合が良いですから。
【とても大事なこと】
- バッファー・タイプを使ったら絶対に駄目 C-MOSインバーターを用いたオーバードライブ回路を設計する際、バッファー・タイプは絶対に使用しないでください。必ずアンバッファー・タイプを選定する必要があります。バッファー・タイプは出力部にバッファー回路が内蔵されており、素子単体の増幅率が非常に大きくなっています。一方、アンバッファー・タイプは出力にバッファーがなく、オーバー・ドライブとしての増幅率は適度です。バッファー・タイプでオーバードライブ回路を構成した場合、過大な増幅率により素子が破損する可能性が高くなります(私の経験では100%破損しました)。私がオーバードライブ回路によく使用するTC4069UBPはアンバッファー・タイプであるため問題ありません。しかし、TC4069BPやTC4069Bといった型番はバッファー・タイプであり、使用できません。C-MOSインバーターを用いたオーバードライブ回路を製作する際は、必ずインバーターのスペック表を確認し、アンバッファー・タイプであることを確認してください。
- 入力信号の電圧が電源電圧を超えたときやグラウンド電圧を下回ったとき壊れる 入力信号の電圧が電源電圧を超えたときやグラウンド電圧を下回ったときラッチ・アップという現象が起き、電流暴走が始まり内部配線が焼き切れて壊れてしまいます。一応、入力部に保護用のダイオードが入っていますが油断できません。C-MOSインバータの電源電圧を小さくしたときなどは入力信号で壊れてしまう可能性が高くなります。
- 静電気で壊れる ゲート入力部に薄い酸化被膜が使われています。この被膜が静電気に弱く、製作時に発生する静電気で簡単に壊れます。
- 発振することがある アンバッファー・タイプのインバータのときはあまり発振しないとは思うのですが、発振してしまったときは抵抗R2やR4に並列キャパシタを入れます。キャパシタの値はオシロスコープを確認しながら試行錯誤して決めることになります。
- 電源電圧を低くする 電源電圧については、低い方が深く歪みます。個人的には電源電圧は3.3Vあたりが良いです。
「C-MOSオーバー・ドライブは信頼性に欠けて使いづらそう」と感じる人が多いでしょう。全くそのとおりです。しかも簡単に質の高い真空管シミュレータが手に入る現在、C-MOSオーバー・ドライブを自作するメリットはほとんどありません。
ただ、私はエフェクター自作の原点がこの「C-MOSオーバー・ドライブ」にあるので強い愛着を持っており、これからもボチボチ作り続けていくと思います。
[追記]
この記事が意外と好評でした。しかも具体的な回路が知りたいという要望も寄せられました。先述のとおりC-MOSのオーバー・ドライブは、「ラッチ・アップ破壊」や「静電気破壊」といった脆弱性をはらんでおり、あまりお勧めしたくないエフェクターです…。しかし、問題を把握した上で、それでも敢えて作ってみたいという酔狂な人だけに向けて製作例を示してみたいと思います。製作の際は「駄目でもともと」覚悟でお願いします。
「C-MOSを使ったオーバー・ドライブの製作例」を見てください。
公開日 2024年11月08日修正日 2025年03月08日
荻窪のおっちゃん